暴徒達の海岸⑬86話「おばはん」
朝露にぬれた草。
「あーだりぃ」
青空の下、あごひげを触るYシャツ姿の未開封。
草原の中に開かれた道を歩く未開封。
横に、下を向いたホースト。
「びびるわー、急に若返るんだもん。ホースト」
Yシャツ姿のホーストの顔を見上げながらしゃべる未開封。
「多分、未開封さんもホーストさんも未来から来た人だからでしょうね」
帽子を被ったメイベル。手袋をつけた手で鼻の上の老眼鏡をずりあげる。
「未開封さんとまた出会ったことで、ホーストさんの時間が巻き戻った…よくはわかりませんけど」
「さすが、「元探偵」だべ!なぁ!」
ホーストの肩をたたく未開封。
小さく笑うホースト。
「明るい…ですね…」
つばの広い帽子を被ったリサ。
伏せ眼がちに未開封を伺う。
「バーロー、無理に明るくしてんだよ」
長ズボンのポケットに手を突っ込み、前のめりに歩く未開封。
「……」
下を向くリサ。
下を向き、つぶやく未開封。
「それに、こっちに非がないってのは…あんた証言してくれるわけだし…」
「そう思いますか?」
振り向く未開封。
黙って、まっすぐ未開封を見ているメイベル。
「あそこですよ」
「あっ?」
前方に指をさすメイベル。
口を開けっ放しにして、そちらを向く未開封。
丘の向こう…四角い窓を側面に備えた白い煉瓦の屋敷…。
カッ。
石畳の上、スニーカー。
屋敷を背に周囲を見渡す未開封とホースト。
開かれる木戸。
顔を覗かす布のキャップを頭に載せた老婆。
挨拶をするメイベル。
下唇を突き出した未開封。
薄暗い室内におかれた黒い屏風やガラス製の屏風。
「和風…ぅ?」
首を前に突き出す未開封。
「すごい…」
赤い絨毯におかれた、陶磁の壷を見て呟くリサ。
「黄色い肌…」
前方から聞こえた女の声。顔をあげる未開封。
「あなた、もしかして東洋のお方?」
ローブを羽織った、短い金髪の女。
その足元にたたずむ、小さな猿。
背後のドアから、もれてくる光。
トンッ…。
持ちあげられる、竹の模様が描かれたカップ。
「私も…八方手を尽くしてみたのだけれど…」
(すげー部屋…)
椅子に腰掛けた未開封とホースト、リサ。
天井から無数にぶら下がった、灯篭と植物の鉢。
未開封たちの周りを囲う、背の高い草の群れ。
口に手を置く未開封。
「リサさん…」
茶を飲み終えた、金髪の女が喋る。
「ほんとうに勇気を出してくれてありがとう…」
顔に手を置き、リサを見る女。
またしても下を向くリサ。
「たとえ、ジェントルの身分の持つ物でも、女性に乱暴を働くなんて許されていけないことだわ」
横にある、自分の身長より高い草を睨む未開封。
「ましてや、それを立場の弱い人間に押し付けるなんて…」
ギシッ…。
前のめりになり、手の指を組むホースト。
「あの庭師たちも、私にだけという条件で…本当のことを話してくれた」
指を組む女。
「ただ…」
女のつぶらな眼が細められた。
「相手が悪すぎたわね…それに…」
ギッ…。
揺れる天井の灯篭。
「やりすぎた…」
天井から降ってくる光が指を組んだ女の顔を照らす。
未開封と眼が合う女。
笑みを浮かべる女、頬による皺。
(あっ……)
姿勢を、反射的に正す未開封。
「東洋の方」
膝におかれた手。口をあけたまま女を見る未開封。
「おかしな国でしょ、ここは」
眼を閉じて笑う女。
「……ごめんなさいね、メイベル」
メイベルのほうにそのまま向き直る女。
「この土地に、あなたはいられない」
ビクッ…!
椅子に腰掛けたまま小さく肩を震わすホースト。
「私も八方手を尽くしたんだけれど…あの方は私を憎んでさえいるしね…」
未開封の脳裏に浮かぶ、昨日のスクワイヤと呼ばれた男の姿。
「悪くはいいたくないけれど…貴族は貴族だわ」
下に俯く女。
「ロンドンに…家族がいるわ。貴女もよく知っているでしょう」
うなづくメイベル。老眼鏡に反射する光。陰になる植物の群れ。
「また、戻ってもらうことになるけど…いいかしら」
メイベルを見て、再び笑う女。
「いえ…お礼を言わなければならないのは、わたしのほうです…」
ゆっくりと言うメイベル。
「すぐに荷物をまとめさせていただきますわ、ミセス・トロロープ」
椅子を引き、立ち上がろうとするメイベル。
下を再び向く女。
「俺…イギリスって…階級がある国だって知ってたけどよぉ…」
カッ。
ピンク色の花の模様カップを握る、拳。
カップに残った紅茶に映る未開封の顔。
「そりゃ…」
ブッ…。小さく呟く未開封の唇。
「根性焼きかましたのとか…」
ブッ…。
「やりすぎかもしんねーけどよ…でもよぉ…」
ブッ…。
背もたれにもたれかかり微笑みながら、未開封を見るミセス・トロロープ。
「ホーストはリンチ食らって……これでも…いい方なのかよ…」
前のめりになり、自分の膝を掴んでいる未開封。
未開封の横顔をみているホースト。
「そうね、いい方だわ。奇跡的なくらいね」
鉢から垂れた草の下。
立ち上がり、老婆から上着を受け取るメイベル。
未開封に顔を近づけるホースト。
「え…」
歯をかみ締めた未開封の表情が固まる。
椅子から立ち上がるホースト。
「なんだよ…?ホースト…なれてるって…」
未開封の眼前、聳え立つホーストの背中。
―――俺が…アンタをこの時代においていって…。
瞬きをとめる、未開封の眼。
テーブルに手を置くトロロープ。
―――その後…アンタ…どんな目に…。
キッ。
食いしばられる未開封の歯。
ぽん…。
白いレースのかかったテーブルに身を乗り出し、未開封の頭に手を置くトロロープ。
白い指でなでられる黒い髪の頭。
驚いて、正面を向く未開封。
えくぼを見せて微笑むトロロープ。
「おばはん…?」
―――ふふふ…。
トロロープの口から漏れる小さな笑い声。
「よく…一番上の息子が我慢しているとき…こうしたわ」
手を引き、立ち上がるトロロープ。
短く切りそろえられた自分の髪をなでるトロロープ。
「なんだか…あなたを見ていたら思い出してしまって…」
まっすぐ未開封を見る、トロロープ。
「さて…貴方たちがロンドンの生活に早くなじめるようにしてあげないとね」
未開封の傍らに立っているメイベル。
腰に手を当て、口元に笑みを浮かべる顔。
――…。
オレンジ色に染まった石畳の上、伸びる二つの影。
サァァ…。
風に吹かれ、揺れるトロロープの金髪。
「リサ…あなたには今日からここで働いてもらうわ」
傍らに立つ、コート姿の、髪を降ろしたリサ。
「はい…」
小さく頷くリサの横で笑みを浮かべるトロロープ。
「ちょうどよかったのよ。マーサもいざっていう時に侍女くらい必要だって言うもんだから」
「…」
下をむくリサ。ゆっくりと開く口。
「私が…はじめから、本当のことさえいっていれば…よかったのでしょうか」
正面を向く、トロロープ。
「さぁ、わからないわ…」
サァァ…。
揺れる木々。
「ただ…時間はどうしても戻せないしね…」
瞬く、トロロープの瞳。
そこに映る夕焼け。
――…。
「ああ?お詫びだぁ?いいよ、別によぉ」
黒い屏風の前、向き合うリサと未開封。
「でも…」
下を向きつづけるリサ。
「じゃあ…あんた、今晩のおかずにすんわ!それでいいべ!」
背を向けて言う未開封。
「おかず…?って…」
顔を上げて、未開封の背中にたずねるリサ。
振り向き、唾をとばして叫ぶ未開封。少し赤い顔。
「いや、まじウソ!いまのウソ!」
手をリサの顔の前で上下させる未開封。
「奥様…いえお嬢様?」
石の階段に掛かる、リサのブーツ。
「なんでもいいわよ」
一段下から上がってくるリサを見て笑うトロロープ。
「おかずってどういう意味なんでしょう?」
「さぁ…?」
玄関につながる階段を上っていく二人。