生活衝百科2

ラッパー東京未開封( Smash Egg Records)(EX ZIGOKU-RECORD)が人生というクイズに挑戦します!!!正解したら褒めてくれ。

68話 月と星⑧高貴ナル野蛮人達

「酒もタバコも女もやめんでいい…」
木の看板に書かれた「大東ジム」の文字。「ただし勝て」熱狂。ゆがんで見える四角いリング。審判。「天城!エルボーだ!次は減点するぞ」揺れる視界。リングサイドで怒鳴る男。ブーイング。審判に腕を持ち上げられる天城。新聞の見出し……『天城勝利判定に疑惑?』『大東ジム、武藤精二会長に買収容疑』『日本ボクシング界戦後最大の醜聞』『コミッショナー、武藤元会長とジャッジ数名を告訴』『武藤元会長、拳闘界永久追放』…リングの上、シャドウをする若い天城。「なんであいつはまだライセンスもってんだよ?」フックを一人繰り出す天城「あいつのせいだろ、全部」ボクサーたちの黒い影。「あの短い手足を見ろ、ダーティファイトで強引に押すしかねぇんだよ」一人、アッパーを放つ若い天城。「そんなことしてみろ。客に殺されるぜ…フフフ…」「もうあいつのリングはないよ…」


―――天城仁 15戦目でプロ引退…戦績4勝11敗。


病院の屋上。フェンス越しに外をみるパジャマ姿のリメルダ。『どちらからいらしたの…?』たどたどしい英語を使う老婆が背後に立っていた。答えないリメルダ『観光…?』小さく笑うリメルダ。『日本はいい国よ…退院したらゆっくりするといいわ』


―――そこにはあらゆるものがあった。
仁侠映画の予告編を流すレンタルビデオ屋のモニター。


ベッドの上…包帯を顔に巻かれて眠るリメルダ。
「日本に彼女の目を治せる医者が居るのね、スリースピード」「ああ、しかし正規のルートでの入国だ。法外な値段がかかるぞ」「その為にあなたに電話したのよ」受話器を持ったまま、こちらに近づいてくる金髪の女。「この国の内戦が終わったわけではない。アンファンが居なくなればアメリカ、ユーロ、アセアン…この国を狙う人間はいくらでもいる…また働いてもらうぞ」首を傾けるリメルダ。「マドラックス…」


―――俺達が借り出された戦場で、いつも夢見ていた全てのものがあった。


「おはようございます」リングを掃除をしていたウカジ。そこに現れた天城は言う「今日、佐伯が来るぞ。パシリに会わせる」「佐伯って、城南ジムの会長じゃないスか!」と驚くウカジ。「俺が話せる、唯一の協会の人間だ」。


―――熱い雑炊。火のような酒。


「きっと、罰があたったのよ…」蝋燭が一本だけ灯った、薄くらい部屋。ベットの上で包帯を巻かれたリメルダが言う。「この目でたくさんの命を奪ったからね…貴女の…」金髪の女が、リメルダの包帯を付け替えるために外す。「…でも、これが最後よね…二人でどこか遠くへ行くの…」包帯を外す金髪の女の指。「私達が人を殺すことをやめてどうやって生きていくの?」包帯を巻きなおす女に聞き返され、驚いた様子のリメルダ。遥か向こうから聞こえる爆発音。夜の街、オレンジの光。「リメルダ…貴女は日本へ行くの…そして目を治すのよ」蝋燭の明かりを映すリメルダの目。涙がつたう頬。


―――常に柔肌を持て余した女。


「パシリの奴、遅すぎねぇっすか」ウカジが心配そうにジムを見回す。ハゲ天ジムに横付けされる黒い車。


一人布団に包まったままのパシリ。「パシちゃん今日はどこかいくの?」と声をかける未開封の母親。答えないパシリ。出て行く母親。


―――夜毎の賭場には札束が唸り。


ハゲ天ジムに、スーツを着た中年の男、佐伯が現れる。「久しぶりだな」と、リングから降りてきた天城と握手を交わす佐伯。「で、見せたいボクサーってのはどいつだ?」


―――無法が哂い。


パシリの記憶…。
友人と酒を飲んでいる未開封。足で蹴っ飛ばす空瓶。
「古今東西ィ!!有効利用したいもの、イエー!オナニーの後の虚脱感!」「お前がオナニーに費やす時間を有効利用すべきだぜ」「るせーっインテリがっ、黙れ!」笑っている未開封達に向かって、「虚脱感ってナニヌネノ?」と聞くパシリ。「まだおきてたのか、寝ろ!寝ろ!」と言われて、階段を下りて行くパシリ…。


「これか…これの事かぁ…」
布団に包まったパシリが呟く。


―――自由な唄。


ハゲ天ジムの外。天城の息が白く染まる。覆いかぶさる煙。タバコをくわえた佐伯。「摂生を人一倍したお前が、タバコか…」「その反動だよ、天城」笑いながら答える佐伯。「お前がボクシング界に止まってくれて良かった」と言う佐伯。そのまま話し続ける。「お前は何にも悪くなかった、習う相手が悪かったんだ。お前の才能は本物だった」「おやっさんの悪口は止めてくれ。全て、俺の事を考えてやった事だ…」「去年、死んだってな」

―――南米、欧州での武者修行で武藤会長が学んだ、体格差を埋めるための反則スレスレの行為。

「確かにあれも一つの方法論さ。お前を生かすための。…心から、そう思うよ」


―――目くるめく男の夢があった。


「ムギ…」起き上がったパシリの前に置かれた紺色の袋。「お母さん、ビデオ帰すの忘れてらぁ…」


―――それらを手に入れるために、俺達はただ手を伸ばしさえすれば良かった。


「だが、忘れるなよ」と、佐伯。
バスの中から外を見るリメルダ。立ち並ぶ白い団地。陸橋。
「最後の試合。俺は負けて終わった。でもお前は勝って終わったんだ…」自分の頬に拳を当てる佐伯。「見事なK.O勝ちだったぜ」


―――体を張りさえすれば良かった。


パチンコ屋の前に立つパシリ。
「まぁ、パシちゃんにはただでテッシュ配ってもらった事あっからねぇ…」男から、コインをもらうパシリ。そのままスロットの前に座る。コインを入れて、回転するドラム。「これ…操作しなくていいムギか…?」と呟き、ありもしないコントローラーを探すパシリ。その時、ふと横を見ると、スロットに没頭するリメルダが…。


公園。ゲートボールに興じるおばあさんの姿が、リメルダの右目に入る。ベンチに座ったリメルダとパシリ。「何で、あの時…」リメルダが切り出したとき、「あ!日本語しゃべれんの!?」と、パシリは大声をあげる。


『おまえがいうか―!?』事務所で、コーラーを片手にテレビの漫才を見ているウカジ。「チッ…なにやってんだよ」


パシリ達の頭上から、飛行機の音が聞こえる。「もちかして駅前留学?」「…は?」


携帯電話のボタンを押しながら佐伯は「すまんなもう時間だ」とウカジに言う。「お前の見つけてきたボクサーって一体どんな奴なんだ?」聞かれて口ごもった後…「実は…コアラなんだ…」と答える天城。


「私、目見えてなかったのに、右からすごいパンチ、どうして打たなかった?」リメルダがパシリに聞く。「…よくわかんね」歯を見せて笑い、ごまかすパシリ。少し驚きながら、笑い「私も…よくわかんね」と、宙を仰ぎながらリメルダがぼんやり呟く。


排気ガスを吹き上げながら天城の前を通り過ぎていく黒い車。車の座席、仏頂面の佐伯。泣き出しそうな顔で車を見送る天城。「佐伯…俺は嘘つきじゃない…」


パシリに写真を見せるリメルダ…。映っている、銃を持った金髪の女。「誰、これ?」「トモダチ…これトモダチの」と、胸元から銃に撃ちぬかれたネームタグを取り出し見せるリメルダ。「友達」「そう、友達は今も戦ってる……この空の下で…。でも私はここにいる…だから、わからない」リメルダに釣られて空を見るパシリ。飛行機の音…。


―――その情熱の日々、俺の腕は強くしなやかで。


坂を駆け下りるパシリ。ベンチに座ったままのリメルダに向かって「早くこいよぉ〜!」と手を振る。


―――繰り出す刃の早さは稲妻の光をも凌いだ。


「パシちゃんおはよ!」「メッス!メッス!」下校中の女子中学生、肉屋に挨拶するパシリ。それを口をあけて見ているリメルダ。「これもってきな〜!」と酒屋からジュースをもらうパシリ。「あげる!」とリメルダにトスするパシリ。『冷たい…』ジュースを受け取り呟くリメルダ。坂の上。夕日。商店街のアーチ。金髪の女の笑顔…。「私と言う存在を覚えていて欲しいの」『マドラックス……』夕日に目を細めるリメルダ。


―――友よ、俺は覚えている。


レンタルビデオ屋。カウンターの出っ張りにぶらさがったパシリ。その後ろでじっと、モニターを見ているリメルダ。


―――ストリップ小屋でのあの決闘で、俺のドスが君の脇腹を切り裂き、君のナイフが俺の太ももを貫いた時。


リメルダに寄ってくるパシリ。


―――俺たちの目には何の恨みの色も無かった。


お互いの顔を見合う。パシリとリメルダ。


夕日の中、並んだパシリとリメルダ。帰ろうとしたパシリを呼び止め、「パシリ…あなたの勝ちよ」とリメルダは言う。しかし、パシリは「まだ、勝負ついてないムギよ」と言い返す。「またやろうか…」「やるさぁ!目治ったらまたやろうさ!」


夕日の中、坂道を駆け下りていくパシリ。中華料理屋に戻るリメルダ。シオンが飛び出し、土下座してくる。


夜。ハゲ天ジム。やって来たパシリに「てめぇ、チャンスだったんだぞ!」と怒るウカジ。静かに「今日も走ってきたんだな…リングに上がれ」と言う天城。リングにあがりミット打ちを始める天城とパシリ。「そら、ワンツー…デフェンスもずいぶんうまくなったな。まだ2週間だってのに」「ムギ!」


―――その瞬間、俺たちが流したあの血よりも熱い友情の涙。


ジムの中、夜の街、空の星星に響くミット打ちの音…。
「わからないから…戦うんだね…」
「わからないから、書くんだよ…」
パシリの脳裏、在りし日の未開封の姿…。