生活衝百科2

ラッパー東京未開封( Smash Egg Records)(EX ZIGOKU-RECORD)が人生というクイズに挑戦します!!!正解したら褒めてくれ。

暴徒達の海岸⑭87話「トレイン トレインスポッティング 〜まんがはじめてものがたり〜」


眼前にある、靴底。
黒いパーカーのフード越し、覗く七三わけの髪と黒ぶち眼鏡。


ゴキッ!!
白いパーカーのフードをかぶった男の顔面に落とされるローファー。
顔を横に背ける男…未開封。
二つの鼻の穴から流れる血。
―――じゅんちゃん…。


歯を食いしばり、血を流しながら眼を閉じる未開封。
―――なんでなんだよ…。
眼を閉じても視界の中に飛び込んでくるたくさんの黒い影。


「あ…」
眼を覚ます、座席にたれにもたれた未開封。視線の先、丸め込まれた靴下が入ったスニーカーに乗っかった裸足の足。


上目遣いに顔を上げる未開封。
自分と同じように座席にもたれ、帽子を目深にかぶり、腕を組み眠っているホースト
横で顎をあげて、スースーと寝息を立てる、茶色い外套を着たメイベル。
(ああ…)


ボォォォ…。
夜空、多数の星の下。後方へ流れていく黒煙。
黒煙を吐き出す煙突。鉄道の瓢箪型の側面。
ォォォ…。
回転を続ける、車輪。


(俺、ロンドンむかってんだっけか…)
ホーストの頭上、荷物置き用のネットを見る未開封。
横に向く。
星空の中、長方形の窓ガラスに映る自分の顔。
ひくつく鼻。顔を覆う両手。


座席に座って顔をこする未開封。
やがて、前に身体を倒す。
「寝起きが…わりぃ…」


スニーカーに突っ込まれる未開封の素足。
ガタッ…ガタッ…。
木製の通路を歩いていく未開封。


がらっ。
つや塗りされた、窪みの突いた木戸を開ける未開封。
「寝てないよ」
視界に入ってくる、手前の座席に向き合う赤い帽子をかぶった女と、銀髪の男。
「なんで、そんなうそをつくんですの?」
笑いながら言う口紅をつけた女。
「本当に寝てないよ」
手を前に出す、黒い服の男。
黄色い手に握りこまれるその手。


「え?」
あわてて横を向く男と女。
歯を見せて薄く微笑む未開封。
「あんたら…世界で始めて寝てない論争を繰り広げた人たちだよ」


「は…?」
座席に腰掛けたまま、通路側へ向きなおる細い顔立ちの男。
そのまま服の袖から伸びた手を広げる男。
手の中に入っている透明プラスチックの包み紙。
「こ…これは?」
ガタッ…ガタッ…。
座席に手をかけ、立っている未開封。


「それは、のど飴の包み紙だ…」
身を乗り出し、男の手の中を見る赤い帽子の女。
「め、珍しくない?あなた。これ」
高い声で言う。
「じゃあ、それは童貞の膜だ」
男の横で、指をさす未開封。
「童貞…」
唇をすぼめる男。


「あんたらは世界ではじめての事をやったんだ。いわば今、世界的な童貞喪失をしたんだ」
未開封の言葉を聴き遠い眼をする、細い顔の男。
―――童貞…なにかもなつかしい…。


ドドド
暗闇の中で回転を続ける車輪。


ガタッガタッ…。
座席から背を向けて歩き出す未開封。
「これ、もらっていいの?」
座席から顔を出し、未開封に声をかける赤い帽子の女。
「おう…ちょっと、これからまんがはじめて物語を…はじめるからよ…」
前かがみになり人のまばらな座席の間を歩いていく未開封。
「私たちもいきましょ!」
手提げかばんを手に、座席から腰を浮かせる女。


ゴゴゴ…。
「ガァァ…」
座席に身体を押し付けるように仰向けに寝ている、ジャケットを羽織った、はげ頭の男。
ずれたズボンから覗く尻。
「はしたない…」
口を押さえ、まつげの長い眼を細める赤い帽子の女。
その前でしゃがみこむ未開封。
ズボンからはみ出した尻の部分におかれる透明の包み紙。
「じゃあ…この人は…!?」
口をすぼめる、細い顔の男。
「ああ…世界で初…半ケツだして電車で寝た人に違いない…」
立ち上がる未開封。
「ほんとに初なの?」
未開封の背後から口を挟む女。
「まちがいない」
口元をつりあげる未開封。


トントン…。
座席に座り口ひげを蓄え、レンズを片目にさげた初老の男。
かちっ、かちっ…。
口の中でぶつかり続ける、上下の歯。
トン…トン…。
木製の床をたたく靴。
「ほい」
男の眼前に伸びてくる手、中にある透明の包み紙。


その手を睨む初老の男。
「な…なにかね君は」
ゴォォ…。
初老の男の背後、長方形の窓に映る闇。
座席に手を掛け、手を伸ばしている未開封。
「煙草を我慢してますな…あなた」
男の眼を見てしゃべる未開封。
「い…いかにも」
顎を少しあげて言う初老の男。
「じゃあ、世界ではじめて、長距離移動中に煙草を我慢してイラついてる人じゃん!!」
「え…?」
口をあける初老の男。


「こっちの人!!世界初じゃない!?」
後方から聞こえた声に振り向く未開封。
「こっちもだ!!きてくれないか!!」
振り向いたまま、無理やり初老の男の手の中に包み紙を落としていく未開封。
そのまま歩き去る。


ガタン…ゴトン…。
片目のレンズで手の中に落とされた包み紙を見る初老の男。
(わしが…世界で始めて…だと?)
拳を握る男。
(なんだ…)
ガタン…ゴトン…。
(……この無意味なうれしさは!?)
手を握ったまま通路のほうを口を結び見る初老の男。


ポウォォォ…。
―――おうこりゃすげぇ!世界ではじめて肘掛をめぐり口論してる奴らじゃねえのか?ねぇのか!?あーーー?


次第にオレンジ色に変わっていく夜空に伸びていく黒い煙。


―――アホ!いびきが個性的な奴なんて前にもいたろ!!


回転を続ける車輪。


―――こっ、これはすげええ!!!ガタンゴトンをオトンオカンといった奴がこの時代にいたとはおもわんかった!!はい!膜三枚贈呈!!


つや塗りされた、窪みの突いた木戸。向こう側からもれる声。
「とりあえず、自分ら。革命児ってことだ」
「革命…?」
女の声。
「そう、童貞の膜を持つものとして、誇りをもってくれ!…以上解散!!」
ガラッ→
開かれる木戸。
出てくる未開封。


目の前の座席、先ほどと同じ姿勢で眠っているホーストとメイベル。
「よっ」
ドスっという音とともに座席に座る未開封。
頭を後ろにもたれかけ、腕を組み、眼を閉じる。
「あともう一眠りすれば…ロンドンにつくよな…」
眼を再び開け、宙を仰ぐ。


―――今日、世界ではじめてを成した奴らに幸多かれ…―――